平成の日本を震撼させた「地下鉄サリン事件」を含む「オウム真理教事件」で、死刑が確定した死刑囚13人の刑が昨年夏に執行されました。
それから1年の内に読んだ、事件と切り離すことができない「マインドコントロール」について書かれた書籍を紹介します。
カルト(カリスマ的指導者を狂信的に崇拝する新興宗教団体)に当たるとされる宗教団体はオウム真理教だけではありませんし、また「マインドコントロール」を使うのは、宗教に限ったことではありません。その中には、人を人とも思わないような事件を起こす「第二のオウム真理教」が存在しないとも限りません。
人はみな同じではありません。極悪非道なことができる人もいるということです。
「オウム真理教事件」については、下記をどうぞ。

西田公昭著
「マインド・コントロールとは何か」紀伊國屋書店刊
「マインド・コントロールとはどのようなものなのか」が丁寧に説明されていて、よく理解できます。
『一生のうちに、多くの人が破壊的カルトからマインドコントロールをうけることになるだろう。マインドコントロールについて正しい理解をもつことが、そうした攻撃への最大の防御になる』(本文より)

紀藤正樹著
「マインド・コントロール」
アスコム刊
是非読んで頂きたい一冊です。
『問題のあるマインド・コントロールを駆使された時に生じる典型的な感情は、「強迫観念」と「依存心」です』
『強迫観念を植えつけて大きくし、不安や恐怖を煽ること。これは、問題のあるマインドコントロールに見られる典型的なパターンなのです』(本文より)

江川紹子著
『「カルト」はすぐ隣に』
ーオウムに引き寄せられた若者たちー
岩波ジュニア新書
子どもさんと一緒に読んでほしい一冊です。
カルト宗教に勧誘されそうになった大学生の浪人時代の実話も載っています。
「オウム真理教」を軸に、いかにして「カルト」から身を守るかを著者が全力を注いで書かれています。「事件の教訓が多くの人に伝わり、生かされますように・・・」(帯より)との思いがよく伝わってきます。
下記のリンクは、タレントで作家の飯干景子さんが、「統一教会」入信から、脱会までのことを語られた記事です。脱会当時の飯干さんが、テレビで「信頼していた長いお付き合いの人に、ある日パクっと食いつかれて入信した」と語っておられたのが印象的でした。
理想を求めるこころからであれ、何かに対する恐怖心からであれ、例えば虚しさという答えがないような感覚のものであれ、人があるひとつの思いに囚われてしまった時の抜け出し難い苦しさは、とても怖ろしいと感じると思います。救われたいと何かに必死に答えを求めるのは無理もないことです。
紀藤氏は、著書「マインド・コントロール」で、『マインドコントロールが始まる時は、人が「好ましい」「利益になる」「大きなプラスだ」と感じるやり方が駆使され、とても魅力的で心惹かれる場合がほとんどだ。』と書かれています。
救われたいという心理状態の時に、例えば宗教に出会い、通ううちに更に神秘体験が加わると信じて疑わなくなってしまうのでしょうか。信じた対象に狂信的になってしまい、まるで冷めない恋愛のような純粋な心理状態になるのではないかと想像します。そうすると現実から離れて思考がひとり歩きし始めます。当人にとっては、とてもリアルな(リアリティのある)世界なのでしょうが。
確かに世の中には、不思議なことがあると思います。不思議な体験をされた話を聞きますし、私もいくつかの不思議な体験をしています。今もその体験は、鮮明に記憶に残っています。しかし、それはリアルに(リアリティがあるように)感じるものなのかもしれませんが、現実とは違います。
そもそも人間が生まれてくること自体が不思議というか、人間そのものが神秘的な存在です。その神秘的な存在の私たちも、現実に生きています。
少なくとも私が若い頃、ひとつの思いに囚われ苦しかった時期から紆余曲折を経て、こころにストンと落ちたこと、苦しさから抜け出せた答えは、意外にも「現実社会でコツコツと一所懸命に生きていくこと、一所懸命に働くことそれしかないな」でした。
現実から離れると人はおかしくなるのではないでしょうか。思考が現実から離れてどんどんひとり歩きすることは、それこそ恐ろしいことにつながりかねません。
私はたまたまマインド・コントロールされるようなものに出会わなかっただけです。「カルトはすぐ隣に」です。
「マインド・コントロール」を知っておくことは、自らの身を護ることになると思います。
お勧めの三冊をご紹介しましたが、苦しいなと思う時、ひとつの思いに囚われの身になるまでに、現実の自分と向き合うカウンセリングも、こころのメンテナンスのひとつとしてお勧めします。
災いは、自然災害だけでたくさんです。
人が「災いを自ら起こす」ようなことがありませんように。